生成AIの教育利用がもたらす高次(HOTS)の学び
近年、生成AIの登場が教育にあたえる影響に大きな注目が集まっています。
文部科学省では令和5年度より「生成AIパイロット校」を指定し、学校での利用について先行的な事例創出を推進しています。
その一つである大分県立情報科学高等学校では、生成AIが学習ツールの一つとして定着し、多くの教科で活用されています。
12月20日に実施された公開授業では、多くの場面で学習の質の向上につながる様子が見られました。
本記事では、その様子を踏まえて、具体的な事例から生成AIを活用した教育の可能性について提案します。
情報科学高校における生成AIの教育利用の特徴
実際の授業での活用として、次の特徴が見られています。
多教科横断的な活用
国語、数学、理科、家庭科、保健体育、工業、商業、など、多くの教科で生成AIが学習ツールとして利用されています。
活用方法としては、「どういう意味だろう」という疑問を持った時や、「もっと知りたい」という興味が湧いた時、「具体的に考えたい」という思考を深めたい時など、生徒たちは生成AIを使い、主体的に学習に取り入れています。
特定の教科に限定されず、多くの教科で活用されていることで、生成AIの利用スキルが教科を超えて育まれ、高まっています。
双方向性のある活用
生成AIは教員と生徒の双方で活用されています。
教員は発問の工夫や評価問題の作成に活用し、生徒は知識や情報を補足したり、課題解決のヒントを得たり、思考を整理したりするために利用しています。
また、生徒の活用方法から、教員が次の授業構想を練り直すなど、良い活用方法がさらに良い指導を生む、双方性のある好循環が生まれています。
共通して見られる活用方法
学校内では以下のような形で生成AIが活用されています。
用語・概念の理解補助
国語での同音異字や理科や商業での用語の照会など。
教材内容の要約・整理
数学の教科書要約や情報科の学習プリント整理。
発展的問いかけ
国語での俳句や短編小説の深い内容理解、工業科でのプログラミング設計補助。
これらにより、単なる学習支援にとどまらず、生徒の理解を深め、主体的な学びを促す環境として機能しています。
特筆すべき活用事例
生成AIがもたらす教育効果を示す特筆すべき事例を以下に紹介します。
思考プロセスを重視した学び
数学や工業科では、生成AIを活用して思考プロセスを重視。
数学の授業では、問題の解法について生成AIを活用しながら考え、生徒が導き出した解と解法について生徒が説明する機会を充実させています。これにより、思考プロセスが深まり、数学的な見方・考え方を正しく働かせる能力を高めています。
工業科では、生成AIへの指示の違いによる出力差を分析する活動が行われ、なぜそうなったのか?なぜそう考えたのか?を繰り返し問い、理解を深めています。
生活・社会との関連付け
国語や家庭科では、生成AIを通じて学習内容と現代社会を関連付ける活動が実施されています。
俳句の内容を現代社会の課題と比較したり、家庭科では一人暮らしの生活費や子育て支援制度といった、実社会の課題にとの関連を具体的に考察するための補助役として活用し、学びの実用性を高めています。
高次の学びを生む要素
生成AIの活用によって以下のような学びの質が向上する要素が見られます。
リアルタイムフィードバック
生徒が抱える「わからない」「もっと知りたい」に対し、即時に情報が得られるため、学習への取り組みやすさが増し、モチベーションが向上しています。
学習内容の多層的な理解
用語理解から概念間の関連付け、応用課題への取り組みなど、多層的な概念理解が促進されています。
多様な表現への対応
学習者のレベルに応じた学習補助や支援が可能となり、それぞれの理解度や目標に応じた表現の機会が増加しています。
特に、「生成AIを使っても良い」という学びでは、これまで「わからない」と感じた瞬間から学びを止めていたような生徒がすぐに手を動かし、出力結果から思考を広げ、教員に質問をするようなケースも生まれています。
また、教材活用の面でもおきな変化があり、これまでの授業で配布されていた「同一の教材」ではなく、
「生成AIを用いた個別の教材の出力」と追加の質問(プロンプト入力)による「教材との対話的な学びの創出」も生まれています。
認知負荷の軽減と生成AIの可能性
生成AIツールは、教育現場において認知負荷の軽減という点でも大きな可能性を秘めています。
その特徴を以下にまとめます。
シンプルなインターフェース
特有の操作が少なく、アカウントを作るだけで特別な研修なしに利用可能。
従来のICTツールと比べて操作負荷が低いため、全ての生徒がスムーズに使用できる環境を提供。
学習タスクの負担軽減
情報検索や概念整理といったタスクで生成AIの支援を得ることで、本質的な学習内容に集中。
応用的な課題や創造的な思考に時間とエネルギーを割ける。
深い学びの促進
思考を補助し、支援するツールとして活用される。
ICTツールによる外在的負荷や、学習内容自体の内在的負荷を軽減することで、学習関連負荷に向き合いやすくなり、深い学びを促進することが期待される。
生成AIが提供するこのようなメリットを意図し、生成AIを活用する授業をデザインすることで、学習効果の向上に寄与することが期待されます。
LOTSからHOTSへの移行可能性
生成AIの活用は、単なる知識の記憶から高次の思考スキル(HOTS)への移行を可能にします。
Bloom's Taxonomy(改訂版)の6つの認知過程次元
6 創造する(Creating)アイデアの創出や問題解決。
5 評価する(Evaluating)AIの解釈を批判的に吟味。
4 分析する(Analyzing)解法や情報の検証。実践結果の考察。
3 応用する(Applying)学んだ知識の実践的な活用。
2 理解する(Understanding)基本的な概念の理解。
1 記憶する(UnderstandingRemembering): 基本的な知識の習得。
LOTS(Low Order Thinking Skills)
記憶や理解といった基本的な認知スキルを指します。
学習の基盤となるスキルであり、知識を蓄えるプロセスに重点を置きます。
HOTS(High Order Thinking Skills)
分析、評価、創造といった高度な思考スキルを指します。
知識の活用や問題解決、新しいアイデアの創出など、学びの応用と発展に重要なスキルです。
この6つの中で、HOTS(高次の思考スキル)である4,5,6のプロセスを通じて、生徒は能動的な学び手として成長します。
生成AIの活用により、出力結果の分析や評価が行われ、その上でより深く思考し学習課題に向き合う場面が増えています。
これまでの授業ではLOTSで終わりがちだったものが、HOTSへ移行することが多いに期待されます。
HOTSの重要性
HOTSは、以下の点で教育においても極めて重要な要素となります。
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問題解決能力の向上
実社会で直面する複雑な課題に対応するためには、分析や評価といった高次の認知スキルを生かした学びを通じて、問題解決能力を育み、質を高めることが必要です。
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批判的思考力の育成
生成AIが出力した情報の信頼性を吟味し、根拠の重要性を認識しながら論理的に判断するスキルを育むことで、批判的思考力が高まります。
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創造力と社会貢献
生成AIを活用しながら新しいアイデアや視点を生み出す能力は、個人のキャリア形成や社会的なイノベーションに寄与します。
まとめ
生成AIの教育利用は、単なる補助ツールにとどまらず、学びの質を根本的に変える可能性を秘めています。
大分県立情報科学高等学校での事例からも明らかなように、生成AIは生徒のHOTS(高次の思考スキル)を育むだけでなく、教員と生徒双方にとって新たな学びを構築する画期的な学習環境として機能します。
生成AIの教育利用における可能性について、情報科学高校のさらなる探究をサポートするとともに、その効果や活用方法などの普及に努めてまいります。