ICTの活用により学習を阻害する可能性.「認知負荷」について.

GIGA端末やデジタル教材等の活用場面,CBT試行調査,先行研究などから,

「ICTを活用することで学習を阻害しかねない状況を生む可能性」について、知見や認識の共有が重視されていないことを危惧しています。

 

GIGAスクール以前から,大型提示装置や学習者用コンピュータを用いた学びが展開されてきましたが,「期待したほど,学力向上の寄与していない」感覚を抱いているのは,おそらく私だけではないでしょう.

文部科学省が2019年度に実施した「学校における教育の情報化の実態等に関する調査」による,大型提示装置や学習者用(教育用)コンピュータの都道府県別の整備率と,学力学習状況調査の平均正答率との間の相関を調べてみると,正の相関は見られず,非常に弱いものの,負の相関が見られます.
これを単純に捉えることはできませんが,大型提示装置での教材提示環境等の内容について,事実に基づいた一つの見方として考慮すべきものだと考えています,


昨年度より,MEXCBT問題の開発に関する検討の場に参加する機会を得ました.
ここでの議論の中で「認知負荷」というワードが頻出します.
(認知負荷の中で主に「課題外在性負荷」に相当する部分)
紙のテストをCBT化した場合,正答率が下がる傾向が見えてきました.

PC画面での表示方法(レイアウト等)や情報量(問題文以外の文字やアイコン等)によって「認知負荷」を高める場合があり,結果に影響を与えていることが推察されます。

※MEXCBT問題開発検討委員である国学院大学 寺本貴啓 教授 の研究より https://www.jstage.jst.go.jp/article/pamjaep/64/0/64_410/_pdf/-char/ja

 

CBT以外の場面でも,学習者用コンピュータを活用した学習活動を行う際にも,

PC画面のレイアウトや情報量,そして操作性などから「認知負荷が高い」状況が発生しているとしたら,学習成果が高まらないことの要因の一つと考えることができそうです。

認知負荷が高いUIに対峙した場合に,ワーキングメモリを消費してしまい,パフォーマンスの低下につながっている,のかもしれません.

 

参考情報

認知負荷理論を考案したJohn Swellerへのインタビュー その1

認知負荷理論を考案したJohn Swellerへのインタビュー その2

 
紙とデジタルメディアの「認知負荷」に関しては,こうした研究もあります.
「メディアと読み書きの認知科学」柴田 博仁
https://www.jstage.jst.go.jp/article/isj/59/2/59_204/_pdf/-char/ja
紙とデジタルの優位性を二項対立的に比較するのではなく,適材適所の活用をデザインするための知識として理解しておくことが大切だと思います.
読み進めると分かるのですが,
「キーボード入力が手書きに比べて認知負荷が高い」
ということも指摘をされています.
ただし,主に知識の記憶(インプット→ 短期記憶)の面での問題点として示されている様ですので,
知識を組み合わせてアウトプットすることで「概念的知識」として長期記憶化する様な場面については,キーボード入力による「デジタルテキストとしての扱いやすさ」のメリットもあると思われますので,学習目標に応じた使い分けが重要になりそうです.


とは言え,キーボード入力自体も「認知負荷が高い」という研究結果もあります.

習得する場面では,方略の工夫(認知負荷の低い方法 → ホームポジションの運指から始める)が必須でしょう.


海外の教育機関では,教員が理解すべき知見として「認知負荷」に関する情報発信をしている例も見られます.

 

例「オーストラリア,サウスウェールズ州教育省,教育者向け実践ガイド」

https://education.nsw.gov.au/about-us/educational-data/cese/publications/practical-guides-for-educators

 

様々なデジタル教材(視覚的コンテンツやデジタルドリルなど)や,MEXCBTに代表されるCBT問題などを活用する場面における
「認知負荷」の重要性について,

「認知負荷」が高まっていないか,マイナスの影響を与えていないか,といった視点からの児童生徒の観察・みとり,支援の在り方等について,
教員だけではなく,コンテンツ等の提供事業者(特に開発関係者)や,ICT支援等の外部の関係者の間でも,認識や知見を共有する機会や,共に学び合う場が大切になると考えられます.

これらを重視しないままでは,ICTの活用が学力向上に寄与しないどころか,認知的な特性や困難さを持つ児童生徒にとって不適切なICT環境を見落とし続けることになるかもしれません.


1人1台の学習者用コンピュータを効果的に活用する学びの中には,「認知負荷」のような教育心理学,認知科学的な知見からのアプローチも有効だと思われます.

教壇に立つ教員だけではなく,コンテンツ提供事業者やICT支援員などの外部の関係者にも,子どもたちの学習に関する専門性を高め,適切なICT環境や様々な支援の工夫を講じていくことが必要になるでしょう.

書き手:田中康平